誠実で自然体な演技が魅力の俳優・磯村勇斗さん。
最近ではドラマや映画だけでなく、自主映画の監督や地元での映画祭開催など、多方面での活躍が注目されています。
そんな磯村勇斗さんを育てた「家族」や「実家」について気になる方も多いのではないでしょうか?
今回は、磯村勇斗さんの実家・ご両親の人物像・温かい親子エピソードを紹介していきます。
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磯村勇斗の実家は静岡県沼津市!仲見世商店街の婦人服店

俳優・磯村勇斗さんは、静岡県沼津市出身。
18歳までを地元・沼津で過ごし、のびのびと育ちました。
18歳になるまで、静岡県の沼津市で生まれ育った磯村さん。
出典:ESSE
地元の公立校に通いながら、活発な少年時代を送っていた磯村勇斗さん。
出身校は以下の通りです。
- 小学校:沼津市立第一小学校
- 中学校:沼津市立第一中学校
- 高校:静岡県立沼津西高等学校
実家は、沼津駅近くの仲見世商店街にあった婦人服店。
沼津駅近くにある仲見世商店街で婦人服店を営んでいた両親、兄の4人家族で育った。
出典:女性自身PRIME
両親が経営するお店で、ファッションに囲まれて育った環境だったせいか、小さい頃からおしゃれに興味があり、古着好きな一面も。
10代の頃から古着が大好きだったので今でも古着巡りをしてますよぉ~
出典:磯村勇斗オフィシャルブログ『キドウ』
ただ、残念ながら実家の婦人服店は2014年頃に閉店。
「バブルのころは商店街にも活気があって、どこのお店も景気がよかったんだけどね。今はシャッター通りになっちゃって、磯村さんのお店も6年前にたたんじゃったのよ」(商店街関係者)
出典:女性自身PRIME
商店街の景気低迷も影響したようで、活気ある街の記憶とともに、実家の店も幕を閉じました。
そんな磯村さんは、子どもの頃から明るく目立ちたがり屋な性格。
地元では“アイドル的な存在”だったという声もあるほどです。
温かい家族と地域の人々に囲まれながら育った日々。
その原点が、今の磯村さんの柔らかい人柄や表現力に、きっとつながっているのでしょうね。

そんな“町の子ども”として商店街の大人たちにも可愛がられながら育ったと考えると、今の人懐っこくて自然体な磯村勇斗さんの魅力にも、思わず納得してしまいますね!
磯村勇斗の父母はどんな人?母は“かかあ天下”、父は見守るタイプ?


磯村勇斗さんは、地元・静岡県沼津市の商店街で婦人服店を営むご両親のもとで育ちました。
地域に根ざした温かな家庭環境で過ごしたことが、彼の人柄にもつながっているのかもしれません。
しっかり者で明るい母|地元でも“美人”と評判
磯村さんの母親は、地元では「美人なお母さん」として知られ、明るくしっかり者な人柄だったようです。
地元で評判の美人なお母さんに似て、小さなころから可愛らしい顔で女の子にモテていたよ。(別の商店街関係者)
出典:女性自身PRIME
磯村勇斗さんの整った顔立ちややわらかな雰囲気は、母譲りと言われても納得ですね。
また、本人は結婚観について「かかあ天下が理想」と語っています。
理想は、〝かかあ天下〞な家庭だそう。
「男は尽くされすぎるとダメとよく聞くので、奥さんが強いほうがうまくいく気がします。どちらかというと僕は聞き役だし、受け流すのも上手いというか(笑)」
出典:CLASSY.
これはあくまで理想の家庭像としての発言ですが、そんな考え方の背景には、家庭で頼れる母の存在があったのかもしれませんね。
クルマ好きで寡黙な父|静かに支える存在
一方、父親について多くは語られていませんが、磯村勇斗さんはこんな思い出を話しています。
「父はクルマ好きで、運転も大好き」
表立って多くを語るタイプではなかったものの、行動で背中を見せる“静かな父”という印象がうかがえます。
そんな父親の姿勢が、磯村勇斗さんの中に「実直さ」や「芯の強さ」を育てたのかもしれませんね。
芸能界入りは「猛反対」から始まった
ご両親は、磯村勇斗さんが芸能界を目指すと知ったとき、当初は強く反対したそうです。
親からはずっと『大学に行きなさい』と言われていたんですよ。親は役者をやることをそんなに応援していなくて、『どうせ辞めるだろう』とか、『芸能界は危ない世界だ』と思っていたので、全然意見が合わなくていろいろと喧嘩した
出典:マイナビ学生の窓口
最終的には演劇が学べる桜美林大学への進学で折り合いをつけましたが、磯村勇斗さんは大学2年で中退。
「もっと早く現場に出たい」という思いからの決断でしたが、このときは両親との関係が一時“音信不通”になるほど険悪に。
結構急に大学を辞めたので親も激怒して、しばらくはお互い音信不通でした。引っ越し、カフェ、ベルトコンベアの仕分け作業…いろいろなアルバイトをやって、結構ギリギリで生きていましたね
出典:テレ朝POST
仕送りもストップされ、磯村勇斗さんはまさに自力で道を切り拓いていきました。
それでも――
簡単には甘やかさないご両親の姿勢からは、「自分で選んだ道なら、最後までやり抜け」という無言のエールが感じられます。



言葉ではなく行動で背中を押す、そんなご両親の厳しい中にも愛情がじんわりと伝わってきますね。
今では一番の応援者に!親子エピソードにほっこり


そんな両親も、磯村勇斗さんの努力と成果を見て、今では誰よりも熱心な応援団に。
100%応援、そして120%へ
応援が100%になったきっかけは、『仮面ライダーゴースト』への出演。
磯村勇斗さんは、仮面ライダーネクロム/アラン役を演じました。
100%の熱量で応援してくれるようになったのは、2015~16年に放送された『仮面ライダーゴースト』に出演するようになってからです。
出典:婦人公論
更に更に!マコトに加えてアランも登壇決定!!
— 仮面ライダーゴースト (@kamenghost_toei) December 7, 2016
『仮面ライダー平成ジェネレーションズ』12月11日(日)舞台挨拶に磯村勇斗さんが登壇決定!https://t.co/GgwJVqYtlc pic.twitter.com/kiJteGRmm4
さらにその後、NHK朝ドラ『ひよっこ』への出演を機に、両親の応援は“120%”に。
磯村勇斗さんは、ヒロインのみね子(有村架純)夫となるヒデこと、前田秀俊役を演じました。
100%が120%に変わったのは、17年にNHK連続テレビ小説『ひよっこ』のオーディションに受かってから。
出典:婦人公論
特に、母親がこの出演をとても喜んでくれたそうです。
「徹子の部屋」出演に飛び上がって喜ぶ母
2023年4月、磯村勇斗さんが『徹子の部屋』に初出演。
そのときの母親の反応が、また素敵でした。
「母親に話したらもう本当に飛び上がるくらい喜んでいて、いつか息子に出てほしかった番組だったのでそれが叶ったって言って凄い喜んでましたね」
出典:スポニチ
長年応援してきた母親にとって、大きな節目となる出来事だったのでしょう。
ラブシーンの“検閲”がユニークすぎる
磯村勇斗さんの家族には、ちょっとユニークなルールもあります。
出演作にラブシーンがあると、まず父親と兄がチェックし「母に見せてOKかどうか」を判断するのだとか。
母親については「“ラブシーンは見れない”って言って。先に兄と父に見せてから、そこの判断が通れば、“見ていいよ”って」
出典:スポニチ
母親からすると、息子のラブシーンは複雑な気持ちになるのも納得ですね。
家族みんなで作品を見守るあたたかさと、ちょっとした気遣いが伝わってくる、素敵なエピソードです。
実家には“磯村ギャラリー”も!
実家には、出演作品のポスターや雑誌などが並べられた“磯村ゾーン”もあるそう。
「うちの親も自分(磯村)のゾーンみたいな部屋を作ってますね。(中略)それはやっぱ恥ずかしいですけど、うれしいなと思う時が」
出典:スポニチ
家族の愛情があふれる空間で育まれた、俳優・磯村勇斗さん。
今の彼の優しさや謙虚さは、そんな温かい家庭に根ざしているのかもしれません。



過去には反対していた両親も、息子の努力と成功を心から誇らしく感じているでしょうね!
まとめ
俳優として着実に歩みを進めてきた磯村勇斗さん。
その背景には、ぶつかり合いながらも彼を信じ、見守ってきたご両親の存在がありました。
磯村勇斗さんのご両親について、ポイントをおさらいすると――
- 実家は静岡県沼津市の仲見世商店街で婦人服店を営んでいた
- 母は地元で評判の“美人でしっかり者”
- 父はクルマ好きの寡黙なタイプで、静かに支える存在
- 芸能界入りは猛反対だったが、現在は120%の応援団に
- 実家には「磯村ゾーン」が作られるほどの愛情ぶり
- 家族のラブシーンチェック制度というユニークなルールも
こうした家族との絆が、磯村勇斗さんの人柄や演技ににじみ出ているのかもしれませんね。
今後の活躍も、きっとご家族そろって温かく見守っていることでしょう。
これからも、磯村勇斗さんのさらなる飛躍を応援していきたいですね!
それでは、ありがとうございました!
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